今日は町内会の盆祭り。 近所の子供たちが神輿を担ぎ、囃子太鼓に人々が舞い踊る。 ・・・まぁ、盆踊りだけど。 「ゆーちゃんっ!いつまでもゴロゴロしてないでほらっ花作って!」 「えー」 今更お神輿に使う花を作っても間に合わないと思うんですが。 ユーリはそんな言葉を発する前にどうにか堪える。 今のジェニファーは鬼の形相だ。 下手な刺激は与えないに限る。 「・・・勝利たちは?」 「お兄ちゃんでしょ、ゆーちゃん!しょーちゃんは大学のお友達と遊びに行ったわよ。祭りの手伝いを頼もうと思ったんだけど、今日は朝早くから出かけて行っちゃったのよね」
でも、ゆーちゃんは暇なのよね?
にっこりと満面の笑顔を浮かべている美子の背後に、「逃がさないわよ」と言う文字が見えるのは恐らく気のせいではないだろう。 実際、母の言うとおり今日は何の予定も入っていない。 それでも。 「い、いやぁっ残念ながらおれも予定が・・・」 そう答えてしまったのは、当たり前のことながら祭りの手伝いが面倒くさいから。 だが、そう易々と騙されてくれるはずもなく。 「あら、何の予定?ママ聞いてないわよ〜?村田君との予定なら、一緒に手伝ってもらおうかしらっ」 ・・・唯一の逃げ道だった村田も封じられてしまった。 ここで"彼女"と言う単語が出てこない辺り、自分の周辺付き合いにも淋しいものがある。
―――"彼女"はいないけど、"彼氏"はいるんだよね。
内心で呟いて、ユーリは異世界に存在(い)る恋人を想う。 前回のスタツアからもう一月半程経つ。 村田が言うには、もう自分の意思で通路を開くことが出来るらしいのだが、どうやらそれも向こうとのタイミングが合わなければ無意味らしい。 (コンラッド、今頃何してんのかな・・・) 向こうにもこういったお祭はあるのだろうか? 未だにそういう行事ものには疎いので、今度行ったときにでも聞いてみよう。 「・・・で、ゆーちゃん。予定はあるのかしら?」 美子の襲撃にユーリは一瞬言葉に詰まり、諦めたように盛大な溜息を一つ吐いた。 「わかったわかった、わーかりましたっ!で、おれは何をすればいい訳?」 寝転がっていたソファから上体を起こし、うーんと大きく伸びをする。 そして、テーブルに置かれた紙の花を見て顔を顰めた。 「力仕事ならするけど、これだけは勘弁して。」 指先でそれをつんつんと突き、ユーリははぁ・・・、と重苦しく息を吐く。 小学生のとき、やはり町内会の祭で作った神輿につけるためにユーリはこの花を作った。 だが、変に不器用な自分はこれを開こうとするたびにびりびりと破いてしまうのだ。 よくて10個中7個、作れればいいほうだろう。 ・・・子供心に自分の不器用さを、この時ほど呪ったことはない。 「しょうがないわね。じゃぁ公園でうまちゃんが櫓の準備してるから手伝ってきてもらえる?あ、たぶんそのまま祭に突入すると思うからこれも持って行って。」 そう言って手渡されたのはこの時期には定番の浴衣。 渋めの色をした男物の浴衣が2着手に乗せられて、ユーリは首を傾げる。 「何で2着も?」 「決まってるじゃない、1枚はゆーちゃんの分よっ」 おれも着るのか・・・。 再び渋面を作ったユーリは、手にある浴衣をまじまじと見つめる。 深い草色をした浴衣が視界に入ったとき、すぐにコンラッドの姿が脳裏に浮かんだ。 やられてるなぁ、と思いつつ笑みを浮かべて。 「着付け方は去年教えてあげたから覚えてるわよね?」 「えっ、着付けもおれがするの?!」 「だってうまちゃん、着方覚えられないんですもの。いい?左手前は死に装束よ!」 「分かってるよ・・・」 がしがしと髪を掻いて、ユーリは掛け声と共にソファから立ち上がる。 浴衣を小脇に抱えたまま重い足取りで玄関へと向かい、そこに並べられていた下駄を見て・・・呆れた。 結局、自分が行くのは決まっていたわけだ。 「気をつけてね!」 「わーってるって。行って来まーす」 ひらひらと手を振り、ゆっくりとした足取りですぐ近くにある公園へと歩を進める。 入り口が見えてきた辺りで、中からがやがやと賑やかな声が聞こえてきた。 「・・・あれ?渋谷?」 「え?・・・あ、村田?!何でここに」 公園から出てきた人物に、ユーリはきょとんと目を丸くする。 相手も心境は同じらしく、驚いた表情でこちらを見つめていた。 「僕は偶々君の家に向かう途中に通りかかっただけ。渋谷は?・・・手伝いに駆り出されたって感じかな?」 くすくすと笑みを浮かべて、村田はユーリの手にあるものを指差した。 それにまぁな、と答えを返しユーリは公園の中へと向かう。 「随分と色のいい浴衣だね。誰かさんを思い出させる」 「は?!な、何言ってっっ」 「おや?図星だね」 にんまりとしている親友の表情に、してやられたとユーリは苦笑を零す。 確かに、彼の言うとおり自分はこれがコンラッドに合うと思ったのだから仕方ない。 「そういえば随分と向こうに呼ばれてないもんね。渋谷としては会いたくてうずうずしてるって感じ?」 「んなことないってば!人をからかうなっっ」 「ん?おーいっゆーちゃん!」 「あぁ?!」 思わず呼ばれたほうをギッと睨みつけてしまい、ユーリは慌てて首を振る。 だが、今この場所であの名称を呼ぶのは一人しかいない。 「親父・・・」 「手伝いに来てくれたのかい?ああ、村田君も。助かるよーっ男手足りなくてさ〜」 いやー、参った。 そう言って笑う勝馬は全身汗だくだ。 このままで浴衣を着せたものならハマのジェニファーの雷が落ちる。 「・・・取り敢えずこれ着る前にシャワー浴びるか何かしたほうがいいよ」 「もちろん、そのつもりさ。悪いけど、このタオル濡らしてきてもらえるかい?」 「オッケー!」 浴衣を村田に預け、ユーリは勝馬からタオルを受け取ると水場へと向かう。 その後ろを村田が付いてきた。 「ねぇねぇ、渋谷。この浴衣、ウェラー卿に着せてみたくない?」 「・・・そりゃあ出来ることなら着せてみたいけど・・・いつスタツアるのかも分からないし、それにそのまま持って行っても濡れるだろ?」 「うーん、まぁね。余程の偶然でもない限り・・・・」 「そうそう、偶然がなけりゃ無理・・・・って、あわぅへっ?!」 蛇口を捻った途端、流れ出てきた水に手首を掴まれたように感じ、感じた途端にぐいっと引っ張られる。 「む、村田っ」 「ほら、これ持って!行ってらっしゃーいっ」 強引に空いているほうの手に浴衣を持たせ、村田はにこやかに手を振った。 文句を言うにもすでに体半分が水に浸かってしまい、下手に口を開けば水が入ってくる。
よりにもよってタイミングが良すぎやしませんか?!
そんな胸中も嘲笑うかのように、水はユーリの体を呑み込んだ。
「ぷはっ!」 げほごほっと飲み込んだ水を肺から吐き出す。 今回は少しばかり水を飲みすぎたようだ。 水泳で、息継ぎを失敗して大量に水を飲んだように胃が重く体がだるい。 「げほっくそー・・・村田の奴・・・っ」 「猊下がどうかしたんですか?」 「うわぁっ」 突然降ってきた声にユーリは飛び上がるほど驚いた。 勢い良く背後を振り返り、勢いが付きすぎてぐらりと体が傾ぐ。 「わわっ」 「危ないですよ」 ぽふん、と柔らかいタオルに包まれて、そのまま抱き上げられる。 そこで漸くコンラッドの顔が視界に入った。 「お帰りなさい、陛下」 「陛下言うな、名付け親」 いつも通りの返答に、コンラッドはくすくすと声を立てて笑う。 そして、濡れた髪に口付けるともう一度、今度は名前で挨拶の言葉を述べた。 「お帰り、ユーリ。今回は随分と向こうに長く滞在していたんですね」 「んー、そうだな。まぁ、おれが呼ばれないってことは、こっちが平和ってことだと思うけど」 「今回は何もないですよ?・・・というか、特になくても呼ばれるときは呼ばれますけどね。」 「いやまぁ、そうなんだけどさ・・・」 何と言うか、自分が来たときは何かと事件が起きている気がするのだ。 (・・・おれ行く所事件あり、ってか?) 火サスや土曜ワイド劇場じゃないんだから勘弁して欲しい。 そこで漸く自分の状況を思い出したユーリは顔を赤らめてジタバタと暴れだした。 「ちょっコンラッド!自分で歩けるから降ろせってっ」 「もう少しで湯殿に着きますから、大人しくしていてください」 そこで一旦言葉を切り、コンラッドは先程から気になっていたことを口にする。 「ところで、その手に持っている布は何ですか?」 「ああ、これは"浴衣"って言って・・・って、あー・・・やっぱビショビショだ・・・」 左手に抱えていた浴衣を見て、ユーリはがっくりと項垂れた。 こっちに来る寸前に村田が持たせてくれたのは良かったのだが。 水を通ってくるため、この通り自分も濡れているわけだから浴衣も濡れているのは当たり前なのだ。 「せっかく着せたかったのに・・・」 「浴衣、と言うと日本人が夏に着るキモノの事ですか?」 「そうそう。着物よか生地が薄いから、夏の暑い時期や夜寝るときなんかに着るんだ。・・・・良く知ってたな?」 はたと気が付いて頭上を振り仰ぐと、コンラッドは爽やかな笑顔で「地球の友人が言ってたんです」と答えた。 コンラッドはあまり地球の話をしないのだが、たまに話題に上ると必ず「地球の友人」ガ出てくる。 どうやら地球に行った時に世話になったらしいが、詳しくは聞いていない。 「でもまたどうして浴衣なんかを?それも2着も」 「今日町内会の盆踊りがあってさ。親父が近所の公園で手伝いしてるからっておれも駆り出された訳。それで着るために持ってたんだ。ちなみにこっちが親父のでこっちがおれの。」 抱き上げられた状態で、ユーリは草色の浴衣と露草色の浴衣を指差して説明した。 そんな会話をしているうちに、自室の湯殿に到着し、コンラッドはそっとユーリを下ろした。 「はい、到着。湯は張ってありますから、そのまま入って大丈夫ですよ。」 「サンキュ!あー・・・これ、どうしよう。アニシナさんの魔動乾燥機、まだある?」 「ええ。ありますよ。乾かしておきますか?」 「うんっお願い!」 持っていた浴衣をコンラッドに預け、ユーリは濡れて張り付く服を脱ぎ去ると、浴室へと飛び込んだ。 中から水の音が聞こえてくるのを確認して、コンラッドは静かにその場を退出した。
「ねぇ、ユーリ」 「んー?」 濡れた髪を用意されてあったタオルで拭きつつ湯殿を出ると、ベッドの傍で浴衣を広げたまま、興味津々と言った感じでコンラッドは一心にそれを見つめていた。 気配でユーリが上がったのを悟ったのか、浴衣から視線をこちらに寄越した彼の表情はまるで子供のように嬉々としている。 年相応の反応に、思わずユーリはくすくすと笑みを零した。 「?」 「いや、何でもない。んで、どしたの?」 笑っている自分を不思議に思ったらしく、小首を傾げたコンラッドに手を振って。 コンラッドが見ている浴衣にユーリはにっこりと微笑んだ。 「その色、いいだろ?おれには合わないからって親父のものになったんだけど・・・着てみる?」 「え?いいんですか?」 目を見開いているコンラッドにもちろん、と頷き返し、その手から草色の浴衣を受け取る。 「んじゃ、拭く全部脱いで」 「服、脱ぐんですか?」 「そう。浴衣は素肌の上にそのまま着るからね。」 本来は違うのかもしれないが、美子からはそう教わったのだ。 ほら早く!と急き立てると、コンラッドは「では、失礼して」と一言断りを入れて軍服を脱ぎ始めた。 しゅるりと衣擦れの音が耳に木霊す。 鍛え抜かれた体が現れたとき、思わずユーリは視線を逸らした。 (今は昼だってっっ何変な想像してんだよ、おれ!) ぎゅぅぅっと目を瞑り、赤くなった顔を見られないように出来る限り俯く。 「脱ぎましたけど、・・・ユーリ?」 「え?!あっうん!じゃぁおれが着付けてやるからっっ」 慌ててコンラッドに浴衣を着せ掛け、前をばっと合わせた。 ・・・正直あのままでは目のやり場に困る。 「顔が赤いよ、ユーリ?」 明らかにからかいの含んだ声に、ユーリは言われたとおりの熟れた顔のままギッとコンラッドを睨みつけた。 こちらの心境を解っていて言うのだから質が悪いったらない。 「ほらっここ押さえてろ!」 前身ごろの合わせ目をコンラッドの手で押さえ込み、ユーリは帯を巻き始めた。 「ユーリ、着付けなんか出来たんですね」 「去年無理矢理母さんに叩き込まれたんだよ・・・」 そりゃぁもう、鬼のほうが優しく教えてくれるんじゃないかってくらいの猛特訓だった。 おかげで帯の結び方も数種類マスターしてしまったほどだ。 「・・・よし、オッケー。もういいよ」 「ありがとうございます。・・・これは確かに涼しいですね」 「だろー?おれも着るのは別に嫌いじゃないんだよな」 コンラッドの浴衣姿をまじまじと見つめ、ユーリはにんまりと笑みを浮かべた。 やっぱり思ったとおり、草色はコンラッドの髪と瞳に良く映える。 にこにこと笑っているユーリにコンラッドは近づき、はい、ともう一枚の浴衣を差し出した。 「え?」 「俺だけってのはずるいでしょう?ユーリも、ね?」 いや、ずるいって何がだよ・・・。 思わず突っ込みそうになったのを寸前で押し止める。 取り敢えず、こっち見るなよ!と釘を刺してユーリは自分の着付けを始めた。 他の人を着付けるよりも、自分で着るほうがやはり楽だ。 コンラッドにかかった時間の半分で着付け終えたユーリは、しかめっ面で振り返る。 「・・・よりにもよってここで着ることになるとはなぁ」 「着るために持ってきたんでしょう?」 「あんたに着せるために持ってきたんだけど」 その前に、持って来れたこと自体奇跡なんですけど。 ぽふんと、ベッドに座りユーリは飽きずにコンラッドを眺める。 自分と違って、こう何と言うか・・・華がある気がする。 自分が着ている姿を見てもああは映らないのだ。 「やっぱ筋肉かなぁ・・・」 「ユーリのほうが綺麗ですね。着慣れてるって言うのもあるのかな、すんなり溶け込んでる気がする。」 「え?」 ユーリは近寄ってきたコンラッドを見上げ、きょとんと首を傾げた。 「俺は何か違和感があるような気がして・・・」
まったく同じ事をお互いに思っていたのか・・・。
ユーリは苦笑を零してコンラッドの手を取る。 「おれよりもコンラッドのほうが数倍似合ってるけど?・・・ドキドキするもん」 すり・・・とコンラッドの手に頬ずりして、ユーリはほぅと息をつく。 久々に会ったせいか、無性にコンラッドに甘えたいと思った。 そんなユーリの姿を目を眇めて見ていたコンラッドは、そっとユーリの後頭部に手を回して顔を上げさせる。 触れるだけの口付けをその赤い唇に落とし。 「ユーリも似合ってますよ」 誰よりも。 囁きは脳の奥を溶かし、ただ思考はコンラッドのみに支配される。 ゆっくりと押し倒され、その後の行為をユーリはコンラッドの首に腕を回すことで了承した。
「それにしても、浴衣とは随分と画期的に出来ているんだな」 隣で穏やかな寝息を立てている恋人の髪を梳きつつ、床に投げ出された浴衣に視線を向けてコンラッドは呟いた。 「・・・明日は城下で祭りがあるから誘ってみようか」 この浴衣を二人で着て。 きっと満面の笑みを浮かべて喜んでくれるはずだ。 その後のイベントは、内緒にしておくとして。 だって、知ったらきっと拒むだろう? ひっそりと黒い影を忍ばせて、コンラッドは眠るユーリにキスをした。
|